【韓国タレント】『知ってるお兄さん』ソ・ジャンフンのプロフィールや経歴を紹介!

皆さんこんにちは!よぬぱちです!

皆さんソ・ジャンフンという人物をご存知でしょうか?

韓国のテレビ番組やバラエティーにを見ている方にとっては馴染みのある名前かもしれません。

K-POPアイドルたちもゲストとして出演する有名な韓国のバラエティー番組『知ってるお兄さん』のレギュラーの中でも、スタジオ右後方で存在感を放っている巨人こそ、今回の主役ソ・ジャンフンです。

今回は、意外と謎が多い彼について、

本記事の内容

・ソ・ジャンフンのプロフィール
・バスケットボール選手時代や芸能人としての経歴
・性格や離婚について
資産家としての側面

について迫っていきたいと思います!

目次

ソ・ジャンフンのプロフィール

ソ・ジャンフンのプロフィール

本名ソ・ジャンフン(Seo JangHoon 서장훈)
生年月日1974年6月3日(46歳)
出生地ソウル特別市 江南区
居住地ソウル特別市 江南区
血液型A型
身長207㎝
体重110㎏
家族父、母、妹
所属事務所ミスティックエンターテインメント
学歴延世大学(社会体育学/学士)

ソ・ジャンフンの経歴

バスケットボール選手時代

学生時代

1974年6月3日にソウル特別市・江南区で生まれたソ・ジャンフンは、ソウル学童小学校時代は野球をしていましたが、中学生時代には転校先のフィムンジュン学校でバスケットボールに出会ってからはバスケットボールを始めました。最初の1年間は基礎を学んでいたため、実戦での初得点は中学2年生の頃であったそうです。中学校卒業時には身長が198㎝とかなりの長身で、当時からチームのエースとして活躍していました。

フィムン高校でもバスケットボールに励み、高校卒業時には身長が207㎝と、ほぼ彼の現在の身長に達していました。

高校卒業後には延世大学に入学。彼が入学した1993年当時の韓国はバスケットボール人気全盛期で、中でも延世大学のバスケットボールは熱狂的な人気を博していました。大学での最初のシーズンでは、韓国最大のアマチュア選手権大会「バスケットボールジャングル」で新人賞を受賞するなど、韓国バスケットボール界に衝撃を与え、延世大学を優勝に導きました。翌1994~1995シーズンにも、21点・20リバウンド・10ブロックのトリブルダブル(2桁以上のスコアが3つ)を記録するなど怪物級の活躍でチームをプレーオフに導きます。しかし、圧倒的な実力で試合を支配するソ・ジャンフンに対し、相手のサムスン電子は複数人で彼のを牽制するために暴力的なファウルを連発します。これをもってしても活躍を止めることはできなかったのですが、韓国バスケットボール史の黒歴史とも名高いパク・サングァンによる非道なファウルによって首を負傷、昏睡状態に陥り病院に搬送されました。結果としては、ソ・ジャンフンを失った延世大学はサムスン電子に敗北しました。この首の負傷によって韓国バスケットボールに幻滅したソ・ジャンフンは、1995年からアメリカサンノゼ州立大学に留学するも1年後に帰国、延世大復帰後にはまたも中心的な活躍でチームを優勝に導きました。

彼は207㎝の長身でゴール下を支配しながら、そのスキルも優れておりゴール付近のポストプレーはもちろん、ミドルシュートや3ポイントまで幅広くこなすなど得点能力が極めて高く、ファウルをして阻止してもフリースローも成功率が高かったため、実際に彼を抑えることは不可能に近かったようです。バスケットボールIQも高くチームの歯車として活躍するビッグマンであり、韓国では国宝級センターとまで呼ばれる存在でした。

ちなみにソ・ジャンフンには妹がいますが、兄が大人気の延世大バスケ部のエース選手だったため、友達からサインをねだられることも多かったといいます。兄が有名人であるゆえですが、妹はこれにストレスを感じ、「私は静かに暮らす」と言い残して、中学から大学までアメリカに留学していたといいます。留学先や帰国後就職した後も兄の存在を隠していましたが、結婚式で家族の席にソ・ジャンフンがいるのを見た彼女の友人はかなりびっくりしていたといいます。兄妹の中はあまり良くないようです。

プロ時代

清酒/ソウルSKナイツ時代(1998~2002)

延世大学を卒業したソ・ジャンフンは1998年、清酒/ソウルSKナイツに入団し、韓国のプロバスケットボールリーグ(KBL)デビューを果たしました。シーズン2年目の2000年にはシーズンMVP受賞KBLチャンピオン決定戦でもチームを優勝に導き、この時には彼のキャリアで唯一となるKBLチャンピオン決定戦MVP を受賞。シーズンとプレイオフ両方でMVPを受賞する活躍でチームに貢献しています。ソ・ジャンフンがSKナイツで記録した個人最多得点は2016年11月5日まで塗り替えられることがなく、彼の得点能力の高さが窺えます。

 ソウルサムスンサンダース時代(2002〜2007)

2001~2002シーズン終了後にFAとなったソ・ジャンフンは、ソウルサムスンサンダースに移籍しました。サムスンには大学時代に首の負傷の原因となったイ・チャンスパク・サングァンが所属していたのでファンは驚きましたが、ソ・ジャンフンの入団と引き換えにこの2人は放出されました。ソ・ジャンフンが加入した年から9年連続プレーオフ進出を果たしたことからも、彼の実力がいかに優れていたかが分かります。2005~06には俗にいう「主成分事件」が起こり、TG三宝のキム・ジュソンとの接触により再び首を負傷し、これ以降彼の象徴となる首プロテクターを装着するようになります。このように怪我に悩まされながらも、2006年には自身2度目となるシーズン優勝とMVP、プレイオフ優勝を成し遂げました。

2007~2013シーズン、引退

https://youtu.be/lhVVhrGEMWA
こちらはソ・ジャンフンの㏏時代の様子です。最盛期は過ぎているものの、繊細なシュートタッチで得点に絡んでいることが分かります。

2006~2007シーズンが終了後、FAでKCCイージスに移籍してからは、全州KCCイージス (2007年〜2008年)、仁川電子ランドブラックスラマー/エリポンチュ (2008年〜2011年)、昌原LGセイコス (2011年〜2012年)、釜山ktソニックブーム (2012年〜2013年)など、チームを転々とすることになりました。

KCCイージスと電子ランドでは安定した活躍を見せチームに貢献しました。デビューシーズンから電子ランドに所属した2010~2011年までで通算得点12500点、4986リバウンドを記録し、この2項目は現在でも2位と圧倒的な差をつけて1位となっています。アシストに関しても、韓国プロリーグのセンターとしては唯一の1000アシストを超えるなど、数字でも彼の実力はしっかりと証明されています。

昌原LGセイコス (2011年〜2012年)時代には30代後半であり、身体能力の衰えや負傷も重なり、うまく結果が出せないシーズンとなりました。翌シーズンには釜山ktソニックブーム と1年の契約、年俸全額の社会寄付とこのシーズンに限りでの引退を発表しました。2013年3月19日に引退式と引退試合を開催、ラストゲームでは33得点を記録し、韓国最高のバスケットボールプレイヤーにふさわしい最後を飾りました。

バスケットボールキャリアを通しての成績

バスケットボールジャングルMVP :3回(1994年、1997年、1998年)
バスケットボールジャングルに再ベスト5 :4回(1994年、1995年、1997年、1998年)
バスケットボールジャングルに優勝:3回(1994年、1997年、1998年)
KBLファイナル優勝:2回(2000年、2006年)
KBL正規リーグMVP:2回(2000年、2006年)
KBLファイナルMVP:1回(2000年)
KBLベスト5:8回(1999年、2000年、2002年〜2006年、2008年)
KBLオールスターMVP:1回(2006年)
KBLリバウンド賞:1回(1999年)
1994広島アジア大会銀メダル
1998バンコクアジア大会銀メダル
2002 釜山アジア大会 金メダル
ABC選手権優勝:1回(1997年)/準優勝:1回(1999年) / 3位:2回(1993年、2001年)

彼は25年のKBLでのキャリアを通して688試合に出場、通算13231得点(1位)、5235リバウンド(1位)などを記録し、特に通算得点とリバウンドに関しては、引退から7年が経った現在も塗り替えられていません。

その他にも、延世大最多得点王、リーグ最多の11年連続オールスター選出9シーズン連続年俸1位などの記録も持っています。

代表チームとしては、1994年から2006年ドーハアジア大会まで12年間、韓国の成人代表チームを務めました。2002年釜山アジア大会では、NBA殿堂入りプレイヤーヤオ・ミン(229㎝)率いる中国チームを下した金メダルを獲得した他、その他にも銀メダルを2個獲得しています。

タレントへの転向

『無限挑戦』出演

バスケットボール選手時代から芸能番組には多少は出演しており、例えば留学直前の1995年には同じ

延世大学のパク・ジニョン(J.Y.PARK、現JYPエンターテインメント代表)とともにSBSの芸能番組に出演し、留学を賭けたフリースロー対決をしたこともあります。(趣味がバスケットボールで知られるパク・ジニョンですが、この時にはスター選手であるソ・ジャンフンに敵うはずもなく敗退しています。)

ソ・ジャンフンの芸能人生で大きな転機となったのが、彼の広い人脈もあってゲスト出演した『無限挑戦』です。現役引退後、約半年の間は自由に過ごしていたという彼ですが、もともとスポーツ選手で規則的な生活に慣れていたため、何か固定の仕事が欲しいことや、選手時代の自身に対する誤解や偏見を払拭したいとの思いで番組出演を決めたようです。この番組で彼は体を張ったギャグや知性溢れる発言が視聴者の人気を集め、選手時代の冷たいイメージは一転、タレントとしての才能が評価され、芸能番組への出演を増やしていきます。

『無限挑戦』の活躍もあり、2014年『サナムイルニョ』、『ラジオスター』など人気番組にも出演しタレントとしても地位を築くなか、2015年1月に現在所属事務所のミスティックエンターテインメントに所属しました。

『知ってるお兄さん』からの変化

2015年から始まったjtbc『知ってるお兄さん』のレギュラー出演からは、彼の芸能活動にも明確な変化が現れはじめ、それまでは自身を芸能人と呼ばれることにも慣れていない様子の彼でしたが、『知ってるお兄さん』の出演後からは、自らコントに参加したり、今となっては彼の代名詞である巨人・バツイチ・潔癖症・建物のオーナーなどのキャラクターも定着し、番組の各所で自虐ネタやいじりにもうまく活用しています。他にも、彼の辛口で現実的なコメントや、決して目立ちすぎようとはせずにうまく自分の魅力を発揮している点など、タレントソ・ジャンフンの地位が確立されています。

彼の現実的で核心を突く能力は、お悩み相談番組『なんでも聞いて菩薩』など、各種芸能番組でも生かされています。

CMや広告にも多数出演しています

『知ってるお兄さん』出演前後の2015年にはSBS SAF芸能大賞新人賞(バラエティ部門)、翌2016年SBS SAF芸能大賞優秀賞(バラエティ部門)を受賞、2017年SBS芸能大賞では、『醜い私たちの子』や『同床異夢』、『君は僕の運命』での活躍が認められ、ショートーク部門最優秀賞も受賞。2019年にはMBC放送芸能大賞人気賞も受賞し、芸能人としての第二の人生を突き進む彼の今後にも大きな期待できます!

ソ・ジャンフンの人となり

性格

バスケットボール選手時代にはアンチも多く、国民の中にも冷たい印象は少なくはなかったようです。しかし引退後様々な番組に出演する中で、今まで見えなかった彼の魅力に気が付く人も増え、現在では韓国の中でも人気のあるタレントの1人となっています。

実際に彼はIQが140近くあるようで、彼の頭の回転の速さや知識の豊かさは、彼の発言を聞いていると伝わってきます。バラエティー番組だからといって大げさな振る舞いをするわけではなく、発言の頻度もあまり多くはないほうですが、要所要所で自分の考えをはっきりと表現します。基本的に余計な言い回しをせずにストレートに自分の考えを述べるので、一見辛口のようにも思われますが、よくよく聞いてみると、彼の発言は現実的かつ論理的です。『何でも聞いて菩薩』など、人の悩み相談に乗っているときには、きわめて真剣に的確なアドバイスをする姿が印象的です。一方でコントなどふざける場面では思いっきりテンションを変えて盛り上げることができるのも、頭も回転が速いことがよくわかります。

また、特に『知ってるお兄さん』で顕著なことですが、ただでさえ体が大きく威圧感があるのに加え、彼の文句を言うようなブツブツとした話し方や不機嫌そうな表情が彼の芯のある発言と絶妙にマッチしており、つい笑ってしまうような独特なキャラクターは教室右後方でもひときわ存在感を放っています。

『何でも聞いて菩薩』でのワンカット

潔癖症

ソ・ジャンフンはかなりの潔癖症であることも有名で、外の汚れを洗い流すために家に帰ると何よりも先にシャワーを1時間も浴びるようです。しかもお酒を飲んでどれだけ酔っている場合でも、家に帰るとすっきり酔いが覚めてシャワーに入るほどです。それほどの潔癖であるため、家にゲストを招待することもほとんどないとのことです。

寄付活動

現役選手時代から記録を打ち立てたりするたびに、経済的に恵まれない中高生や病気と闘う人々の為に寄付活動を行ってきました。引退後にも定期的に寄付活動を続け、2016年12月には「愛の実社会福祉共同募金」に1億ウォンを寄付し、1億ウォン以上の高額寄付者の集まりである「オナー・ソサエティー(Honor Society)」の1452番目のメンバーとして登録されています。

離婚

2009年に元KBSのアナウンサー、オ・ジョンヨン氏と結婚したものの、2012年に双方の合意の下に離婚。離婚の理由についてはソ・ジャンフンは当時「性格の違いによる」とだけ話していましたが、潔癖症である彼と、大雑把であるというオ・ジョンヨン氏の性格は真反対ともいえるもので、現在ではこれらの事から「性格の違いによる決別」という理由はほぼ確実とみられているようです。
ただ、ソ・ジャンフン本人は離婚の理由について「潔癖症のせいではない」としています。

資産家としての側面

現在は芸能人として活躍するソ・ジャンフンですが、彼がビルを所有していて収入を得ているという話は有名で、「建物所有者ギャグ」ともいえる独特ないじりをされることも多いです。
彼は韓国で地価トップレベルの街にビルを所有しているのに加え、その他にも複数の不動産を所有しているので、そこからの不労所得も相当なものであるといいます。、特に選手時代に当時28億ウォンで購入した駅近くのビルは、現在では200億ウォンを超える価値があるようで、毎月4000万ウォンを超える家賃収入のほか、屋上に設置されている大型液晶モニターからは、月1億ウォンを超える広告収入があることが明らかにされています。これらの収入や財産管理しているのは、実際には引退後の為にと選手時代の収入なども活用し用意した彼の父親であり、すべてがソ・ジャンフンの手元に入っているわけではないようですが、それにしても芸能活動の収益に加えて莫大な不労所得まであることを考えると、かなりのお金持ちであることは間違いないようです。

自宅は江南区の高級住宅街にあるマンションで、『知ってるお兄さん』でIZ*ONEと共演した際には、IZ*ONEがソ・ジャンフンと同じマンションに住んでいると明かされ、そのことを知らなかった彼が慌てふためく様子も見ることができます。

まとめ

今回は、『知ってるお兄さん』をはじめ、韓国のバラエティ番組で人気のソ・ジャンフンについて、

本記事の内容

・ソ・ジャンフンのプロフィール
・バスケットボール選手時代や芸能人としての経歴
・性格や離婚について
資産家としての側面

について取り上げました。

今後も彼も持ち味を生かして、韓国バラエティ界の中心として盛り上げていってくれることに期待しています!

彼のほかにも気になる人物や情報の間違いなどありましたら、コメントやSNSで教えてくださるとありがたいです。

それではまた次の記事でお会いいたしましょう!

また、ソ・ジャンフンは虹プロでも有名なJ.Y.Parkともバスケをするほどの仲です。そんながJ.Y.Park出演したドラマ『ドリームハイ』については、こちらの記事でも取り上げています。

【Nizi Project出演者も】J.Y.Parkも出演の韓国ドラマ『ドリーム・ハイ』のキャスト紹介!

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